「お吟さん」

ソファーには大好物のリンゴをかじりながら、夢想しているお吟さんがいる。

邪魔しちゃ悪いとは思うが、動くと決めた以上は止まるわけにはいかない。

「俺さ、この家を出て行こうと思う」

お吟さんは目を瞑ったまま、答えてはくれない。

お構いなしに続ける。

「お吟さんには色々と世話になった。それこそ、言葉では言い表せないほどだ」

短くもあり、長くもあった月日を、お吟さんと共に過ごしていた。

その中で、敬い、好きになったのも事実だ。

エロを覗けばの話ではあるんだけどな。

「自分勝手だって思う。でも、帰らなければならないんだ」

「構わんアル」

リンゴの芯をゴミ箱に投げ捨てて、手に付いた汁をいやらしく舐める。

「え?」

「アチシもこの生活に飽きたアル」

「お吟さんも出て行くのか?」

「お前はお前の好きな道を行けばいいアル」

「出て行くっていうなら、一緒には来て欲しいな」

「お前と行けば大忙しで、男とニャンニャン出来ないアル」

ニャンニャンて、誰も使ってないような言葉だぞ。

「解ったよ。また、会える事があればいいんだけどさ」

確かに、自由と性欲の化身であるお吟さんに拘束は不可能だ。

「本当に、お吟さんに出会えて良かった」

「気が向いたら、またビン勃ちにしてやるアルよ」

布団の中で、二人でニャンニャンする余裕のある日が来ればいいんだけどな。

俺が廃人の如く呆けていた日々では、お吟さんは何もしてこなかったしな。

盛り上がりに欠ける、性行為を好まなかったのかもしれない。

きっと、溜まってるんだろうな。

「じゃあ、行くよ」

俺は、思い出の家から出るために、扉を開ける。

だが、誰も来るはずのない家の扉の前に、青いコートに黒のパンツを着用した茶の短髪男がタバコを口に咥えながら立っていた。