『道楽荘』に戻ってきました。

お隣からは寝静まっているかのように物音がしませんね。

朝には心を病ませる騒音ですが、今のような時間帯ですと賑やかで一緒に騒ぎたくなるんですがね。

「パパ、お願いがあるねん」

扉の前で、再び摩耶さんが私を呼び止めます。

「おや、目から鉱石を出すくらいの熱視線で見つめられれば、聞かないわけにもいきませんね」

今日の摩耶さんは一気に老け込んだように大人びて見えます。

まさか、新たなる守護霊でも身につけたとでもいうのでしょうか。

「あの姉ちゃんのお母さん、死なさんといて」

「生死に関する台詞まで身に着けるとは、心が開花しましたね」

近年稀に見る速度で彼女の精神年齢は倍加してますね。

「何か、よう解らんねんけど、お姉ちゃんの言い方、気に入らん」

「ほう」

「ウチな、スラムにおる時、めっちゃ寂しかってん、怖かってん。何でかわからんけど、一人って何もかも嫌やってん。でな、あの姉ちゃんが自分から一人になるって思ったら、めっちゃ嫌やった。気に入らんかった。ウチ、パパとおる事がめっちゃ幸せやのに、あのお姉ちゃん、幸せをどっかやろうとしてる」

これはもう、お嫁にいっても問題なさそうですね。

葉桜君がいないことが非常に残念でしかありませんよ。

「彼女の幸福は彼女が決めるべきだと思いますが、摩耶さんが気を動転させるほどに案じるとあっては捕獲を遂行しないわけにはいきませんね」

「パパ」

「私としては生命を活かすという行為は不向きなんですが、ここは神〇活心流を見習わなければなりませんね」

某彼女は信念を貫いていましたからね。

その信念を少し拝借させていただきますか。

「今日な、パパのためにうんとおいしい煮干スペシャル出すわ!」

「おや、巷で有名な煮干スペシャルを摩耶さんが再現してくれるとは、目が血走ってしまうじゃないですか」

「ふっふっふ、ウチはいつだって進化してるんやで!」

摩耶さんの意気込みが拳に詰まっているようで、天を裂くほどに腕を突き上げましたよ。