だから、君に


きっとなるべく、僕の前で由紀の名前を出さないようにしていたのだろう。麻生の顔が少し青ざめた。

「……由紀が、何?」

出来る限りの優しい口調で、麻生に尋ねた。

彼女はぐっと唇を噛み、窓から吹き込んだ風が髪を撫でたあと、ゆっくり口を開いた。

「……由紀姉が、かわいそうです」

絞り出すような麻生の声が、僕の心につんと刺さる。

「……由紀が?」

「私の想像、ですけど。話してもいいですか?」

「何について?」

「由紀姉について」

僕らの間に、さらりと小さな風が吹く。
僕は立ち上がって、海に近い窓際へ向かった。

海の匂いが、今日は遠い。

「先生は同居していたころ、由紀姉のことが好きだった。それは正しいですよね?」

椅子に座ったまま、麻生は体を僕に向けた。