だから、君に

「しかたないだろ。心頭滅却しろ」

「火が涼しく感じられるなんて末期です」

むくれた麻生は、下敷きでバタバタと扇ぎ始めた。恩恵にあやかろうと顔を近づけると、机の下から足で蹴られた。

「暑いなら切ればいいのに、髪」

麻生の髪はきれいな黒髪で、胸の位置までまっすぐ伸びている。
首筋に纏わり付いているのだから、結ぶか切るかすればいいのだ。

僕の言葉に、彼女は髪を一束つまみ、くるくると回した。

「これ、根岸くんの好みなんです」

「根岸?あぁ、そう」

「黒髪ロングストレートが好きな男子の典型です」

僕は根岸の顔を思い浮かべた。
大柄な体と対照的に、優しい顔立ちをした男子。頭も切れる委員長は、いかにもな清純派が好みといったところだろうか。

「彼氏の好み、か」

健気なことだ。

麻生はそれには答えずに、机の上の参考書をぱらぱらめくった。