「芹澤先生は最近麻生さんと仲が良いんですね」
前田先生がワイングラスを片手に僕にそう言った。
「まぁ、担任で顧問ですから」
文化祭と体育祭の季節が近づくと、帰りが遅くなる。五月に入った頃から、前田先生は仕事帰りによく僕を誘い、二人で食事に出かけることが多くなった。
学校の近くだと色々面倒だからと、少し遠くの小料理屋へ立ち寄る。別にやましいことをしているわけではないのに、前田先生はそんなところに気を配った。
「麻生さん、昨年私も受け持っていましたけど、面談でもあまり打ち解けてくれなくて」
「そうなんですか」
僕は目の前のパスタをくりくり回して、口にほおり込む。
対照的に前田先生は、丁寧にスプーンを使っていた。
「面談にはよくお祖父さんがいらしてました、そういえば」
「お祖父さんが?」
フォークを回していた手を止める。
「麻生のお母さんは?」
「うーん……あまり体調が優れないみたいで。だいぶ前からそうらしいですよ」
「だいぶ前……」
「はい。物心つくころには」
麻生の母親が、この十年以上どういう気持ちで過ごしてきたか。
僕には図り知ることはできなかった。

