「さっきの女性、なんですけど」

根岸の視線は、海に向かってぼんやり投げかけられていた。

「知り合いなんです」

「……何の」

「小さい頃に通ってたピアノ教室があって、そこの」

頬に当てたペットボトルをゆっくり下ろし、根岸は立ち止まった。

その少し先で僕も足を止め、彼を振り返る。

「年上のお姉さんで、よく遊んでもらって。憧れのひとでした」

「そっか」

「たまたま、本当にたまたま、再会して。一年くらい前に、駅前で」

点々と続く街灯以外には光のない、暗い海から波の音だけが聞こえてくる。