赤いマーチを見送った後、部屋に入ってすぐにベッドに倒れ込んだ。
今日はなんだか疲れた。
いろいろなことがあり過ぎて、頭はこんがらかってしまいそうだ。
まさか江原先生がイツキの母親だったなんて、こんな偶然があるのだろうか。
――俺は、あんたのことをお袋と思ったことは一度もありません。
あの時のイツキはひどく冷たい目をしていた。
だけど、どこか寂し気にも見えた。
しん、と家の中は静まっており重いため息だけが残る。
楓は一階に降りて、リビングの食卓に目をやった。
皿をラップで包んだオムライスと小さなメモが置かれている。
"パートに行ってきます。お父さんは今日も仕事遅くなるみたい。夜更かししないで早く寝なさいよ。
母より"
と走り書きであった。
楓は冷めたオムライスをレンジで温めて、それからインスタントの味噌汁を沸かし、そしてテレビを見ながらそれらを平らげる。
夜を一人で過ごすことはもう慣れっこだ。
両親は共働きで、家にいることはほとんどない。
だけど近所の田中おばちゃんが時々様子を見に来てくれたり、またガヤと一緒にいることが多かったから、あまり寂しい思いをしたことはなかった。
両親も自分のために働いてくれていることは分かっているし、その点ではあたしは恵まれていると思う。
でもイツキはどうだったんだろう。
彼は――――。
彼はずっと独りだったのだ。
母親を失い、父親からは邪険に扱われ、その憎しみと孤独はきっと計り知れない。
彼の寂し気な目を思い出して、ひどく胸が痛んだ。

