「じゃあ今日はありがとうございました」
楓は軽くお辞儀をして、車を降りる。
「ねえ真田さん」
ふいに呼び止められ、大きく開いた車窓を覗いた。
江原先生は少し間を置くと、
「先生のこと、幻滅した?」
と訊いた。
思わず押し黙る。
江原先生は学校でとても人気のある教師で、生徒の誰もが「江原先生が母親だったら」と口を揃えるぐらいだ。
楓もその一人だった。
だからイツキとのことを知って自分が江原先生に対して描いていた母親像と違うことに正直戸惑っていた。
でも――――。
楓は首を振る。
そしてきっぱりと答えた。
「先生は先生です」
江原先生はずっと学校で独りぼっちだったあたしのそばにいてくれた。
気にかけてくれた。
だからあたしの大切な人であることに変わりはない。
「ありがとう、真田さん」
そう言って微笑む江原先生の目は涙で滲んでいた。