「まさか由希と会っていたのがあなただったなんて…。言ってくれればよかったのに」


イツキは振り返ると「黙っていてすいません」とまた頭を下げた。

驚いた江原先生は慌ててかぶりを振る。


「別に怒ってるわけじゃないから謝らなくてもいいのよ。それにきっとこの子があなたに会いたいって言ったんでしょう。付き合ってもらって悪かったわ」


この子というのは由希のことだろう。

彼女は黙って俯いていた。


「ねえ」


江原先生はイツキに近づくと、少しためらいながら彼の細い腕に手を触れる。


「元気にしてる?ちゃんとご飯食べてるの?」


やっぱり奇妙な光景だ。

そこにいつもの江原先生の姿はなく、イツキを心配そうに見つめるその様子はまるで――。


「触らないでもらえますか」


するとイツキがその手を振り払う。

とたんにピリッとした空気に包まれた。


「…一樹」


手を振り払われたことがよほどショックだったのか、江原先生の声がわずかに震えている。

イツキは車窓に映る自分をじっと見つめたまま、唇を強く噛みしめていた。


「ごめんね。あなたが私を恨んでいることは分かってる。私もあなたに許してくれなんて言わないわ」


――恨んでいる。


というのはどういうことなんだろう。

どうしてイツキが江原先生を恨むんだろうか。

遠くの彼方でカラスの鳴く声が聞こえる。

江原先生は続けて言った。


「だけどこれだけは分かって。私は母親失格だけれど、今でもあなたのことを大事な息子だと思ってる」