「みんなイツキさんを待ってるんです。だから解散なんかしないでください」


甘い香りが途切れた。


「…その話はもう終わったことだ」


イツキは吐き捨てるように言うとベンチを離れる。

バイクの置いてあるところに向かうその背中に楓は叫んだ。


「じゃあどうして今もあの場所にいるんですか!」


ぴたり、と彼の足が止まる。


「本当に解散したかったら、もうあの場所に来なきゃいいじゃないですか!」


前から思っていた。

思い浮かぶ真っ赤なソファー。

あの場所はたった一人、リーダーだけしか座れない席だと以前カズに聞いたことがある。

だから今もあの場所に腰掛けるイツキは、もしかしたら。


「そうじゃないと残ってるメンバーの人たちがかわいそうだと思います。もしかしたら戻ってくるんじゃないかってみんな期待してるんです」


もしかしたら、

本当はBLASTを――。


「――れ」

「ねえイツキさん。本当は」

「黙れと言ってるんだ」


ふいに、降りかかってきた低い声。

一瞬にして空気が張りつめる。

まるで刃のようなイツキの鋭い視線が突き刺さり、楓は硬直した。

やがて、彼は言った。


「あんたには関係ない」


その冷たい表情に、全身が震えた。