白いかけら

 だけど、彼が出て行ってから私は全然楽しくなかった。
 お兄ちゃんが亡くなってからは、歌だけがすべてだったし。歌さえあればそれで良かった。
 だけど、今は違う。前みたいに歌っても楽しくない。
 お兄ちゃんやみんなに歌っていたレクイエムも歌えなくなった。
 いつも、ラドと歌う歌しか私は覚えていなかった。
 食事だって、ラドがいないのにシチューを作ってしまう。それも毎日。
 食べ物を無駄にするのは悪いことだけど、誰も食べないもん。
 毎日、作っては捨てるの繰り返し。一回、もったいないからって口に運んでみたけど、味もしないし、なかなかのどを通ってくれなかった。しまいには、戻してしまう。よくこれで、やつれないものだと、こころなしに感心したものだ。
 目が見えなかったけど、ずっと住んでいたから生活に困ることがなかった。
 それにしばらく闇の中に住んでいると、次第に見えないのにまるで見えているかのようになるの。不思議だよね。
 そして、耳は聞こえなくなる。だから、話すこともなくなって次第にしゃべれなくなってしまって。
 でも、歌だけは歌えたの。事実、ちゃんと歌えていたのかわからないけど、歌えたとわかるの。不思議だよね。
 おかしい。最近、不思議なことが増えたみたい。
 不思議といえば、とっても不思議なことがあるの。
 私のから、なにもかもがなくなるでしょ。でも、彼だけはなくならないの。
 よくわからないけど、彼の歌、彼の顔、彼との日々。
 ラドの事が、私の中から消えないの。
 そんなことを思ってたら、夢にラドが出ていたの。
 私はいつもどおりに、雪の上で歌を歌っているの。
 感覚はないんだけど、耳も聞こえて言葉もしゃべれて、目も見えるの。
 それでね。しばらく歌を歌ってるんだけど、声が聞こえるの。
 懐かしい、彼の声。
 嬉しかった。愛おしかった。
 初めてなの。彼が私の名前を呼んだのは。
 幻聴じゃないんだって確かめたくて振り向くの。
 するとね、彼が私の所に走ってる姿があるの。
 嬉しくて、嬉しくて、彼を抱きしめたかったのに、夢はそこで終わってしまったの。