それからというもの、私はお兄ちゃんのいない間にピアノを弾いては、帰ってくる前にやめるという生活になった。
 演奏を止めるのはお兄ちゃんが帰ってきてからでは遅い。
 お兄ちゃんは私がピアノを触ったり見ていたりしようものなら、「お前はのんきなものだ」などと悪態をついては嫌そうな顔をした。
 食事も前まではお兄ちゃんが作ってくれた。お兄ちゃんの作るシチューはホントに美味しかった。でも、作らなくなった。
 ある日、食事の時間になってもお兄ちゃんがキッチンに来ないからどうしたのかききにいったら、
「そんなの自分で作ればいいだろう!」
と、ドア越しに怒鳴られた。負けじと言う訳じゃないけど、
「お兄ちゃんがいつも作ってたじゃない」
と返した。
「僕が何でも世話すると思うな!」
どうしたんだろうと、私はお兄ちゃんが心配になった。恐怖も怒りも感じることはなかった。
「お兄ちゃんの分も用意するから、下りてきてね」
それからというもの、家事全般は私がすることになった。
 お兄ちゃんと食事の短い時間しか顔を合わせることがなくなった。
 毎日顔を合わせていなければ今頃、これがお兄ちゃんだなんて信じられないだろう。今のお兄ちゃんはそれぐらい変わってしまった。