「別に、逃げるわけじゃない。
俺が行ったって意味がないって言ってるんだ。
真由は多分俺の顔なんか見たくもないよ。
行っても、目を背けられるだけだ……」

「目を背けているのはお前のほうじゃないのか?」

時田の足が止まった。

「お前に置いて行かれた彼女がどれだけ泣いたか分かってんのか?どんだけ苦しんでたか、知ってんのかよ?」

時田は口許から笑みを消し、身体ごと俺に向き直った。

「なんだよ、それ。意味、わかんねぇよ
真由が好きなのは浅倉、お前だろ?」

「違う、少なくとも俺じゃない」

きっぱりと答えると、時田は戸惑ったように目を泳がせた。

「……違うって、だって、真由は……」

「……本当に欲しいものは怖くて手に入れられない」

時田を見据え、俺は続けた。

「………前に彼女が言った言葉だ」

時田の赤く滲んだ瞳が揺れる。

「真由の本心が知りたいなら。
逃げないで向き合ってこい」


弾かれたように時田は踵を返した。

ぶつかるようにドアを開け、教室を飛び出して行く。

遠ざかっていく時田の足音を聞きながら、俺は髪をかきあげて、ゆっくりミコトを振り返った。