「杏子、本当にいいのかい?」
緊張に震える手で氏名欄にさんずいを書いた時。
突然、赤石さんが穏やかな声で聴いてきた。
まるで、振り切ろうとしたあたしの想いを見抜いたかのように。
あたしは動揺し息を呑んで、強張った右手からペンを落としたけど、気持ちを悟られまいと笑顔を浮かべた。
「やだな~何言ってるの?いいも何もないじゃん。あたしは一世一代の一大決心したんだから……」
あたしがパタパタ手を振りながら言うと、赤石さんは「そうか」と言って硬い表情を和らげた。
「ホラ、書いちゃわないと」
あたしは急いだ振りをして、名前を最後まで書いて捺印を終えた。
「さ、区役所に届けにいきましょうか」
赤石さんは外出許可をいただいてたから、高瀬さんの運転するワゴン車でみんなで区役所を訪れた。
お母さんが持ってきてくれた戸籍謄本と一緒に提出するため、婚姻届を持って戸籍課に並ぼうとしたんだけど。
「あ、ちょっと待って。緊張しちゃって」
赤石さんは高瀬さんに付き添われ、トイレに行った。



