《……受け取りなさい、大切なものを》
ザトウクジラがそう言うと、七色の光に包まれた何かが波に乗って俺のそばまでたどり着いた。
俺が触れただけで、泡が弾けるように光は消えたが、そこにあったものは。
半月前に姿を消した時に別れた筈の、杏子だった。
俺は信じられなかったが、それよりも目を閉じてピクリとも動かない杏子を見て気が急き、直ぐに脈や呼吸を診た。
浅かったが呼吸もあり、鼓動も規則正しい。
安堵した俺は、ザトウクジラを睨みつけた。
《いったいどういうことだ!?あんたは杏子に何をした!!》
俺の怒りを孕んだ声に、ザトウクジラは臆する事なくすぐ答えた。
《遺される悲しみが彼女を突き動かした。
彼女はあなたがいないと知ると、すぐに電車を降りて後を追った。
そして所持金を全て使い果たすまで電車を乗り継ぎ、あなたの行方を追って訪ね歩いたのです。
幾晩も、幾日も、雨に降られても夜通し歩き続けたのです。
あなたが心配だからと。
そして海のそばで倒れ、近海のバンドウイルカに助けられました》



