絹枝さんがまず手にしたのは古い写真に見えたけど、遠すぎてあたしからはよく見えなかった。
だけど、絹枝さんの呟きは聴こえた。
「これは……私の写真……」
アプレクターではない、絹枝さん本人の声だった。
それから、絹枝さんはぼろぼろの赤茶けたカーキ色の布地を受け取った。
そこに書かれていたものは。
「この……歌は」
ハッとした表情で、絹枝さんは黄金色のイルカを見たけれど。
そこに朗々たる声が響きわたった。
「幾重(いくえ)もの
頂(いただき)越えし
雲居路(くもいじ)の
余花(よか)にも在り巣(ありす)
根の薔薇(そうび)散る」
その歌を歌い上げたのは、ナギだった。
ナギは「不思議の国のアリス」の見返しから取り出した、もうひとつの便箋を手にしてた。
「川村忠司が出征前に詠んだ和歌。おそらく辞世の句も同じだろう。
ロンドンのあるイングランドの国花はバラ、つまり薔薇。
日本の国花は桜、余花というのは山深い場所に咲き残る桜を指す夏の季語」



