見えた枝には、桜の花が咲いてた。
ということは、その時の季節は4月なのかな?
それにしても忠司さんが手に持ってたのは、紛れもなく絹枝さんに贈った『不思議の国のアリス』だった。
忠司さんはただジッと佇みながら、桜の花を見上げてた。
淡い薄桃色の、舞い落ちる花吹雪の中で。
何も言わずに、何もせずに。
ただただひたすら桜を見てた。
いったいどれだけの時間が過ぎたのか――
忠司さんは桜の花びらを手のひらで掬い取ると、なぜか息を整え重々しい声を出した。
いくえもの
いただきこえし
もいじの
よかにもありす
ねのそうびちる
忠司さんは、和歌を詠んだ。
あれ……
でもこの和歌は。
どこかで聴いた覚えがある。
どこでだったっけ?
あたしがわからないでいると、忠司さんは次に痛々しい表情を浮かべた。
ぎゅっと桜の花びらを握りしめた彼は、筆を取り出すと、『不思議の国のアリス』を開いて、表紙の裏に何かを書き込んだ。



