「忠司様は私を愛していなくとも、私はあの方をお慕い申し上げておりました。
ただの義務でしかなかったにせよ、私には勿体無いほどの細やかな気遣いや優しさをお見せになって下さいましたから」
そう言って絹枝さんは震える手からカップを草の上に落とし、そのまま顔を覆ってすすり泣き始めた。
誰も、何も言えなかった。
恋しい人は、思い出深い薔薇をあちこちに植えて大切にしていた。
例え夫婦になったとしても、やっぱり他人なままに変わりはなくて。
なんて声を掛けていいのか、あたしは言葉が見つからなかった。
あたしは他の人がわからない程度の小さなため息を着くと、薔薇の花を見てて気付いた。
そういえば『ありす』がいない。
桜の木の周囲を見渡してみたけれど、姿は見られなかった。
元々神出鬼没だから、いきなり消えても驚きはしないけど。
それでもあたしは黒い『ありす』の事もあり、桜の側まで走り寄って……
右足が長い草に取られて体が前に傾いだ時、桜の幹に頭をしこたまぶつけた。



