たぶん普段の絹枝さんなら答えては下さらないだろうけど、今なら何か判るかもしれない。
そう考えたあたしは、ない知恵を絞って言葉をひねり出した。
「お嬢様、薔薇が咲き誇るいい季節でございますわね。
こんな時にはお庭でお茶など頂くのも素敵ですわ。
忠司さまと『ありす』さまもご招待すれば……」
床に屈みながら、なるべくさり気なくあたしが言ってみた時。
ちらりと横目で見てみると、白いドレスを広げた絹枝さんは、きょとんとした顔をして。
暫くしたら、小さく吹き出した。
「トキったら、『ありす』なんて知り合いはいらっしゃらないじゃない。
それよりも、早くお支度をしなくては。
それにしても、なんて暗さなのかしら。
近くの町で空襲があったから、お父様は灯りは最小限になさるように仰いましたけど」
蝋燭の灯りしかない状況も、絹枝さんは当然として受け入れてしまってた。
本当に、何もかも戻っちゃってるんだ。
幸せだった昔に。
決して甦らない
帰れない
取り戻せない昔に。



