あたしはそこで、ひとつ引っかかる事に気付いた。
事務所に来た絹枝さんが少女時代に戻ってた時、ナギを忠司さんと間違えて出した本は。
『不思議の国のアリス』。
それも日本語訳じゃない、英語のままの本だった。
絹枝さんが言っていた通り、大戦中は敵国の言葉として英語が一切禁止されていたはず。
そんな英語版の本を、なぜ忠司さんが持ってたの?
そして、なぜわざわざ妻である(はずの)絹枝さんになんで贈ったのかな?
太平洋戦争中だからこそ、そんな物を贈るのは慎むべきはずなのに。
大切な人だからこそ、そんな時期にそんな危険な物を贈るのは相応しくないはず。
……なんで?
あれ、でも待ってよ?
絹枝さんがナギを見たとき。
『いつこちらにいらしたんですの?』
と確かに言った。
そして、毎晩辞書を片手に読んでるとも。
夫婦なら一緒に住むはずだから、そんな会話はあり得ないよね。
だったら……
忠司さんが絹枝さんにその本を贈ったのは、結婚前ってこと?



