わけても印象深かったのは、鹿の親子だった。


もうずいぶん年を経た後だったけれど。


病がちで立ち上がる事すら出来なかった子鹿を、母鹿は決して見捨てなかった。


ふつう野生の動物ならば、生きられないと判断されればその子は見捨てられる。

親がいればまた子は出来るし、子を庇って親に負担がかかり、親まで危険に晒される訳にはいかないから。


それは野性的な生存競争の原理から来る本能で、冷酷ではあるけれど仕方ない部分である。


ずっとそれを見ていたから当たり前と感じていた。


けれど……


その母鹿は子鹿を育てるため、敢えて群から離れた。


安全性の高い住処から、自らの意志で出たのだ。

敵から隠すため子鹿を私のうろに置き、入り口を干し草で隠した。


母鹿は雨の日も風の日も、子鹿の世話にうろに通い続けた。

幼い頃は乳を含ませに、少しずつ草も与えて。


けれど、私のうろも安全ではない。


一度だけでなく狼などに狙われ、そのたびに母鹿は身を賭して命がけで子鹿を救った。