こいつの笑顔など
心の底からの笑顔など
俺は一度も見たことがなかった。
当たり前とも言えた。
高給とはいえ理不尽な俺の要求をいつもこなし、文句をいいながらいつも最後まで付き合う。
俺の毒舌に膨れながら、それでもいつでも心配そうに俺を見てくれていた。
母親さえ気味悪がって殺しかけたこの俺を。
この3ヶ月間、いつになく感情や力が安定していたのは、こいつが。
杏子がいたからだった。
こうして触れていると判る。
こいつの潜在的な清浄の力が、肌を通して温もりと共に俺を鎮め清めてくれる。
こんな女……
いや。
こんな人間など、今まで俺の側にいなかった。
……わからない。
杏子の熱が移ったかのように、俺のなかでも心が熱くなる。
苛立ちは鎮められ、それに変わって言い知れない感情の嵐が俺の中で起きていた。
……これは何なんだ?
俺は、自分の心の動きが全く理解できなかった。



