「こんなによくできたお嬢さんを捕まえたなら、もう絶対に離すんじゃないぞ。
おまえは私と同じ失敗を繰り返して不幸になって欲しくない。
幸せになってほしいんだ。
今まで父親らしい事は何もしてやれなかったが……これだけは聞いてくれ。
渚さん、ふつつかな息子ですが、どうかこいつをよろしくお願いいたします」
食後のお茶を運んできた杏子に、親父は余計な事を言って頭を下げた。
杏子は訳が分からず戸惑ったように
「はあ……」
と曖昧な返事だけして、親父の下げた頭を見ないようにしてお茶だけ置くと、逃げるように台所に引っ込んでいく。
……当たり前だ。
俺を心底愛する女など、絶対にいない。
俺は誰にも愛された事などない。
これからもないだろう。
杏子だって同じだ。
いくら条件がよくても、あいつが俺を想うことなど絶対に有り得ない。
親父は勘違いも甚だしい。
だが、親父のいう言葉で守れる事はある。
俺は、絶対に誰も愛したりしない。
ならば、傷つくことも有り得ない。



