「残るは、お前だけか」

まるでヴァンパイアにでも投げ掛けるような言い回しでそう言葉を紡ぐと、冷たいコンクリートの床を足の裏に感じながら、扉の前まで進む。


巨大にあたしを見下ろすクロスが、何の取り柄もないたった一人のゴートの生き残りを揶揄しているようにも感じた。


そして、知らず知らずの内に、自分の胸元のクロスに触れていた事に気付く。

指先に当たる冷たく固い感触が、毎日祈っても何の見返りも寄越さない 神の傲慢さを物語っている気さえした。



───…嫌いだ。神なんて、十字架なんて


そう思いながらも、胸元に光る黒鈍色のクロスを手離せないでいるのは…あたしの心が、弱いせいなのかもしれない



「……ウェルシー…」

小さくその名を呟きクロスを握り締めると、手の中にほのかな温かさが伝わった。



『俺が、お前の生贄になる』


過去の生暖かいそんな幻聴に惑わされないように、あたしは一度強く目を閉じ…そして、目の前の現実を見据えるように、ゆっくりと目蓋を上げる。


…目の前の扉は、開かれていた。