腐ったこの世界で



使用人にするつもりもないのに、あんなに高い金を払ってあたしを買ったの? ……やっぱり変人なのかな。
悶々と悩むあたしなんかそっちのけで伯爵は執事や侍女に指示を出す。さっきから何をやってるんだろう。

「とりあえず今日は客間に寝てもらう。君の部屋は明日にでも準備が整うだろう。あと必要なのは、当面のドレスや小物類…」

聞こえてきたあり得ない言葉に、あたしは文字通り飛び上がった。「ちょっと待って!」部屋? ドレス!? なんでそんなものが必要なの?

「どうかしたのか?」
「どうかしたかって……部屋とかドレスとか…どういうこと?」
「必要だろう?」

確かに服は必要だ。だけどドレスはいらない。そんなものを着る必要はないはずだ。
伯爵はあたしの葛藤に気づいたのか、安心させるように微笑んだ。その微笑みに、少しだけ心が安らぐ。思えば伯爵のこの笑顔に、あたしはほだされている気がした。

「僕は君を使用人にも、もちろん奴隷にするつもりもない」
「じゃあなんで…あたしを…」
「気に入ったから」

それだけ? 呆れて固まるあたしに伯爵は爽やかに笑った。あたしは相当変な男に拾われたらしい。

「あ、そういえば」
「え?」
「名前は?」

聞かれて思い出す。そういえば名前も名乗ってなかった。っていうか名前も知らない子供を買ったのか。驚きだ。
あたしたちはしばらく無言で見つめ合い、結局負けたのはあたしだった。ため息と共に視線を逸らす。

「……アリアよ」

答えたあたしに伯爵はにっこり笑った。