だが、すぐに男の瞳から光が消え、苦しげに呻くと喉元を掻きむしり出した。
「毒か…っ!」
ファラーシャの隣から、吐かせようと腕が伸びる。
しかし、その腕が届く前に、男は泡を吹くと、白目を剥いて倒れた。
「どうして、どうして、こんなことを…」
男の死に顔にファラーシャは息をのむ。
「どうやら仲間はいないようですね」
イードの仮面を捨てた男が、窓から辺りの様子を慎重に伺う。
それから、そっと暗殺者の瞼を閉じてやった。
「様子見の刺客、といったところでしょうか。使い捨ての。…哀れなものです。
イード様、終わりましたが、どうされますか?」
後半は、ファラーシャではなく壁の向こうへ聞かせるように大声で叫んだ。
その内容にファラーシャは、頭にかっと血が昇る。
何かを仕組んだのは、やはりイードだったのだ。
「ご苦労だったな」
ノックもなくファラーシャの部屋の扉が開かれて、青年が入ってきた。
「どういうことっ!」
紛れもなく本物のイードに、ファラーシャは詰め寄る。
詰め寄られたイードは面倒臭そうな顔をして、ファラーシャの背後を見た。
「…どうして眠らせておかなかった」
「申し訳ありません、その、色々とありまして。
ですが、今回はこの姫君がいなければ、こちらの命も危なかったのでご容赦を」
ちらりとイードは暗殺者に刺さった短剣を一瞥する。
「……我が影の命を助けた褒美をとらす。何が欲しい」
不誠実なイードの態度に、ファラーシャの怒りが更に増した。
「……つを」
「もっと大きな声で言え。ドレスでも宝石でも装飾品でも遠慮しなくていい」
物で解決しようとしているのがありありと分かる。
そんなもので、納得なんて出来るわけないのに。
ファラーシャはイードを見据えた。
「何も知らないまま危険なことに巻き込まれるなんて真っ平だわ。
ドレスや宝石なんていらない。そんなものより」
「そんなものより?」
「真実が、欲しいわ。嘘偽りの真実が。何も知らないまま振り回されたくないの」



