そんな神がかり的なものを信じてさえいないあたしが、こんな台詞を呟くなんて滑稽だった。


だから言った自分に何故だか笑えてしまい、あたしはバスルームへと歩を進める。



「奈々が俺と会いたいと望むなら、きっとまた会えると思うよ。」


背中越しに聞こえた声に顔を向けることさえなく、パタリと閉めたその扉。


希望というものほど、不実なものなんてないだろう。


だからあたしはその気持ちと一緒に、彼の言葉も遮断したのだ。


体にはまだ少し、勇介の指先の記憶が残る。


だからシャワーで全てを洗い流すように、念入りにそれを消していく。


なるべく長く、その間にあの人がいなくなってくれていますようにと祈りを込めて。




―泣かないで




やっぱりたった一言、置き手紙にもならないような、そんな書き置きを残し、本当に勇介は消えていた。


泣いてなんていないのに、何故だか悲しい気持ちにさせられた。


これは魔法なんかじゃないはずなのに。



「…勇介…」


呟く声が、虚しく宙を舞う。


やりきれなくなった気持ちの行き場を失ってしまったあたしは、まるで迷子の子供のようだ。


乱れたままのシーツも、灰皿に残る煙草のカスも、探せばまだ、香りだって漂っているはずなのに。


なのに何故こんなにも、何も知らないあの人のために、心揺り動かされなければならないのだろう。


たかだか数時間前に知り合い、一夜を共にしただけなのに。


馬鹿馬鹿しくて、そんな自分に何故だか泣けた。