「妻とはね、恋愛結婚ではなかったけど、恥ずかしながら愛していました。
息子のことだって、可愛くないと思ったことは一度もなかった。」


けど、と彼は言う。



「彼女はわたしの心が一時でも揺れたことに気付いていた。
そして疑念を募らせ、わたしも反論することはなかった。」


他に子供がいると知り、そこに血の繋がりなんてないと言っても、誰が信じるだろう。


亀裂はもう埋められなくなり、だから逃げるように仕事ばかりしていたのだと、お父さんは言う。



「妻と向き合えなかった。
だから家庭をかえりみずに働いた結果、息子に恨まれても当然だったと思います。」


弱さと、そして逃げ道を作ること。


それは誰の心にもあって、でも結局は誰かを傷つけることに繋がる。


だから誰も悪くないとは言い切れないけれど、それでも決して誰かの所為ではないと思う。



「俺が親父を選ぶことはないよ。」


勇介は言う。



「アンタだけが悪いとは思わない。
けど、あの人の方がずっと弱いし、俺まで見捨てることは出来ないから。」


「そうか。
お前はそう言うだろうと思っていた。」


勇介は、きっとあたしなんかよりずっと、強いのだろう。


現実から逃げることはせず、それでも受け止めようとしているのだから。



「お前は大切なものをしっかり握り締めて生きなさい。」


お父さんの笑顔は、少ししわが混じっていた。


だから余計に柔らかく見えて、勇介もまた、その言葉を噛み締めるような顔をしている。



「そしていつか叶うなら、その子の本当の父親にならせてくれ。」