それは19年前の、梅雨に入るより少し前のことだった。


シンちゃんはその頃、中学卒業と同時にこの街に来て、年を誤魔化してバーテンの見習いとして働いていたそうだ。



「静香はさ、うちの店に来る客の中のひとりだったんだ。」


もちろん話をすることもなかったけどな、と彼は言う。


彼女は“ナナ”と呼ばれていて、身なりや話の内容からも、キャバクラ嬢なんだろうな、と思ったそうだ。


週に一度だったり、時には二日連続だったり、友達と来ることもあれば、ひとり寂しく飲む日もあった。


綺麗で目を引く存在ではあったが、ただそれだけ。



「でも夏になった頃かな、ある日偶然見ちまってさ。」


彼女が客とおぼしき男に、無理やりタクシーに押し込められそうになっているところを。


必死で嫌がっているところを見れば、その先なんて想像に易い。


どうしようかとも思ったが、ふと頭に浮かんだのは、店に来て悲しそうにひとりで酒を流す彼女の、いつもの姿。


気付けば止めに入っていたと、彼は言う。



「俺の女に何やってんだよ、ってさ。」


まさか自分が女を助けるなんて、と、今考えても笑えることだろうけど。


別に惚れた腫れたの気持ちなんてないが、でもありがとう、と言った彼女はやっぱり綺麗だと思ったそうだ。



「…あなた確か、あの店の…」


「真哉っす。」


「じゃあ、真哉くん。
もしこれから時間あるなら、お礼に何か奢らせてくれない?」


大抵、こんな女からの誘いなんて、礼だろうが乗ることはないのだが、でもやっぱりその時は何故か、ふたつ返事で了承していた。


そして向かった先は、近くの居酒屋。