「あー、ヒロトが泣かせたー!」


「は?
俺じゃねぇだろ!」


ふたりの言い争う声さえ、まるでフィルターがかかったかのように遠くで聞こえた。


ただ、自分が泣いている理由がわからない。


理由がわからないのに涙を零しているなんて、それこそあたしはどうかしてる。



「奈々、保健室行こうよ。」


沙雪はため息混じりに立ち上がるが、でもそれを制止したのはヒロトだった。



「良いよ、俺が連れてくから。」


そして掴まれたあたしの腕は、今日もやっぱり熱かった。


それがヒロトだからか、いつも涙腺が溶かされてしまうような錯覚に陥る。


だから抵抗する気力さえも生まれないのだ。


無言のスッチと沙雪に見送られ、あたしは黙って手を引かれた。


静かに涙を零しながら歩くあたしの半歩前で、陽に透けたような金髪が揺れる。


見える背中に勇介のそれが重なるなんて、やっぱり最低だったろう。



「つーか普通、いきなり泣き出すか?」


振り返ったヒロトは、理由を聞くでもなく、ただ呆れたように肩をすくめて見せた。



「でも、俺が隣にいんのに他の男のこと考えて泣くとか、世界広しと言えどお前だけだぞ。」


「…セカイヒロシって、誰?」


「バーカ。」


笑う彼を前に、無意識のうちに安堵のため息が漏れる。


頭の中では、上手く誤魔化すことが出来たのだろうかと、そればかりだ。


入った保健室は、お昼休みだからか人の姿はない。