それからすぐに、ヒロトが学校を辞めるのではないかという噂が流れた。


でも当の本人は、沈黙を貫くどころかやっぱり学校に姿を見せる日は少ない。



「ヒロトくん、心配だよね。」


沙雪の呟きが、漂い消える。


人は、誰かを傷つけなければ幸せを得られないのだろうか。


人魚姫が声を失う代わりに人間になれたように、対価がなければいけないのだろうか。


じゃああたしがいなくなれば、ヒロトは学校に来てくれるのだろうか。


最近では、そんなことさえ頭をよぎる。


だから余計に、勇介とふたりで過ごす時間を意識的に増やしていた。


彼はもしかしたら、あたしのそんな変化に気付いていたのかもしれないけれど、でも言葉にして聞かれることはなかった。






あの夏を乗り越えても、やっぱりまだ、あたしは大人にはなりきれていなかったんだ。


結局は自分のことばかりで、周りを見ることが出来ていなかった。





勇介が隠していたこと。

ヒロトの苛立つ理由。



そして、
寂しがりな樹里の求めるもの。




歯車は、絡み合ってのみ動くのだ。


だから誰かが動けば他の何かも、必然的に動き出す。


大人と子供の中間地点で揺れていたあたし達は、距離を取ることでのみ、自分自身を保っていたのかもしれない。


大切なものたちの中でバランスを失わないようにと、必死だったはずなのに。