「これから術前の処置をして、手術なの。」


「…うん。」


「終わったら、また声を掛けるわね。」


あたしと樹里が必死で涙を拭い、強く頷くと、彼女は力なく頬笑み、沙雪の背中を追った。


見上げた淡いピンクの壁の産院で、これから命が消されるのだ。


お腹の大きな妊婦さん達が、子供の誕生を心待ちにしている一方で、これほど悲しいことはない。


樹里は息を吐き、空を仰いだ。



「ねぇ、奈々。」


「ん?」


「沙雪の中学の頃のこと、知ってる?」


物憂げに手繰り寄せられた言葉に、あたしは眉を寄せた。


どうして今、そんな話をするのだろうかと思ったが、でも思えば沙雪の口から中学時代のことを聞いたことなんてなかった気がする。



「さゆね、ハブられてたんだって。」


驚くように、目を見開いた。


何でも樹里の知り合いに沙雪と同じ中学だった子がいて、その子から聞いたのだと言う。



「さゆってキャピってるし、ぶりっこなとこあんじゃん?
そのくせ可愛いから男にモテてて、だから女子から嫌われてたんだって。」


確かに、沙雪みたいなタイプは嫌われやすいけど。



「だからあの子、一時期不登校みたいになってて、リスカとかしてたらしいんだよ。」


「…嘘でしょ?」


本当みたいよ、と樹里は首を振る。


思えば彼女はすぐにお腹が痛くなっていたし、どこかあたし達に気を使ってるようなところもあったけど。


でも、沙雪がリストカットをするようなタイプだとは思わなかった。