「ただいま。」


家に帰ると、珍しく玄関には、ママの靴が揃えてあった。


リビングまで行くと、軽くお化粧を直している彼女の姿がある。



「あら、おかえり。」


「ママ、出掛けんの?」


「うん、ママこれからデートなの。」


あそ、と呆れ気味で、あたしは肩をすくめる。


うちに“父親”と呼ばれるものがいたことは、未だかつて一度もない。


ママは未婚の母ってやつで、女手ひとつであたしを育ててくれていて、まぁ、ふたりっきりの生活は、それなりだ。



「今日ってママが晩ご飯作る当番じゃなかった?」


「ごめんってばぁ!」


子供みたいな人だな、と思う。


彼女は家事全般が苦手で、結構ダメな人ではあるが、良く言えば友達母子、といった感じだろう。


父親が欲しいと思ったことはないし、それでもあたし達は仲良くやっている。



「奈々、戸締りしとくのよ?」


「はいはい。
ママも遅くならないうちに帰ってきなよね?」


「了解でーす。
じゃあ、いってくるね。」


そしてすぐに扉は閉められ、ひとりっきりの部屋であたしは、ため息を零した。


別に寂しいわけではないし、これはこれで、ルームシェアのような気さえしている。


ママはすぐに服を脱ぎ散らかすし、お化粧品は出しっぱなしだし、きっとあたしがいないとダメなんだろうな、とも思うから。