出会いは、遡ること数時間前。


知り合いのバーでひとりで飲んでいるところで、声を掛けてきたのが彼だった。



「俺、勇介。」


それが彼の名前であり、あたしが勇介について唯一知っていること。


年さえ知らず、それ以前にそれが本名なのかも知らない。


でも、不思議と話が合う男だった。


ふわふわとした雰囲気と、そして優しさの中に冷たさを含む瞳。



「奈々、出よっか?」


やっぱりたった一言だった。


そしてあたし達は、まるでそれが当然のようにホテルに入った。


好きだよ、と勇介は言いたがる。


でもそれは、お酒が好き、セックスが好き、と同じような意味だと思う。


出会って数時間、互いの体しか知らないあたし達の間に、そんな感情は介在しない。







「そんなに可愛い顔してたらダメだよ、奈々。」


困ったように笑いながら、呆けていたあたしに彼は、煙草を咥えて目を細める。


暗めのアッシュブラウンの髪は僅かに乱れ、情事の痕跡を色濃く残す。


手を伸ばしてみれば、何故だか彼は、また唇を落としてくれる。



「先に言っとくけど、もう無理よ。」


「はいはい。」


でもまた彼はあたしの上に乗り、その冷たい瞳に捕えられた。


綺麗で、でも何故だか悲しそうにも見える、勇介の瞳。


目が離せなくて、気付けばあたしは泣きそうだった。