「…大丈夫?」


色んな事が、って意味だけど。


おずおずと問うてみれば、トキくんは平気だよ、と頬をさすった。


この綺麗な顔に平手を振り上げるなんて、あたしにはきっと一生出来ないと思う。



「あの人さぁ、旦那さんと別れるとか言い出して。
そんなことされても迷惑だし、俺には責任取れないよ。」


トキくんは人妻が好きで、そういうのと大人の恋愛をしているばかり。


だからこそ、こんなことも日常なのだ。


毎回毎回卒倒してしまいそうだけれど、彼は事もなさげにコーヒーを淹れるためにキッチンに立つ。



「で、どうしたの?」


普段のあたしなら、間違いなく真っ直ぐにシンちゃんのところに行くのだろうけど。


でも、邪険にされるのが目に見えているし、心に余裕がない時ばかりは、トキくんに頼ってしまうのだ。


言葉ばかりの心配しかしてこない彼は、もしかしたらそんなこともお見通しなのかもしれないけれど。



「何か懐かしいね。」


くすりと笑い、トキくんは淹れたてのコーヒーをテーブルに置いてくれた。



「奈々ちゃんが小学生の時、クラスに馴染めなくてよくここに来てたよね?
あの時、ママさんは心配するし、兄貴なんか学校に殴り込みに行きそうだったし。」


「…忘れてよ、そんなこと。」


「だってあんな面白かったこと、簡単には忘れられないって。」


くだらない思い出話に、少しだけ気持ちが落ち着いた。


きっとトキくんは、勇介と似ている部分があるのだろう。


何か聞くわけでもなく、ただ傍にいてあたしを安堵させてくれるから。