あたしは未だガラスケースに寄り掛かったまま、教室に向かうでもなくだらだらとしていた。


いつもおばちゃんは何も言わないし、何より授業中に途中入室するなんて、考えただけでも御免な話だ。


刹那、がらがらと開いた購買の扉。


チュッパを咥えたままにやる気なく視線を向けた瞬間、我が目を疑った。



「…何、で…」


何で、ここに、この人が?


言葉が出なくなるほど驚いたことなんて、あたしの人生でこれが初めてだったろう。


ドアの前に佇む彼もまた、言葉さえも持てずにただ立ち尽くす。



「あら勇介くん、おはよう。」


沈黙を破ったのは、そんなおばちゃんの声。


だけども顔を向けることさえ出来ず、勇介って本名だったのか、なんてどうでも良いことに思考が及ぶ。


だって目の前にあの勇介がいるだなんて、信じられない。


なのに何度まばたきを繰り返してみても、その光景に変化はない。


互いにチュッパチャップスを口に咥え、スクールバッグを肩からだらしなく掛けているだけ。


頭の色は茶色くて、カーディガンを腰に巻き、制服でも彼の軽薄そうな見た目は相変わらずだと思うのだが。



「奈々ちゃんも勇介くんも、いつも同じ格好で同じものを買っていくのよね。
なのに一度もここで会わないなんて、不思議だと思ってたのよ。」


そこまで言って、彼女は「あら?」と小首を傾げた。



「もしかしてふたり、知り合いだった?」


この人は、本当に魔法使いだったのだろうか。


そんなことばかりが頭の中をぐるぐると廻り、なのにおばちゃんはあたし達を交互に見てからどこか可笑しそうに笑っている。



「まぁ、同じ学科で同じ学年なんだし、知らないはずなんてないわよね。」