【side:鷹護】

翔が別れ際に余計な一言を言った時からしていた嫌な予感が的中した。
あの女が全く解らないと言う顔をしていたから、気付かぬ素振りで教室へ向かったのに…
『ムッツリってどんな食材ですか?』
言うに事欠いてあの女、どんな食材ですかだと?
良く言えば清純…いや、フォロー出来ない。する気もない。
ただ、脳貧血で倒れたのは完全に俺のミス。それに関してはフォローが必要だ。
俺を見上げる小さな頭を正面に向け、ずっと見上げられるよりはマシと、出来れば合わせたくない目線を腰を落として合わせ
『無意識に頭を動かすことを控えていらっしゃったようですね。上目遣いはお気になさらずに…但し、ずっと目を合わされることは感心いたしません』
そう言ってフォローすることで話題も逸らし、参りましょうと促したのに…
何で?と言いたそうな顔で俺を呼び止めた。
話したくない、説明したくない。
こんな時こそ俺の気持ちを察して欲しい。
願いも虚しくあの女には全く通じず、核心に触れないように即興で丸め込んだ。
『河野の発言はお聞きにならないでください。お嬢様にお仕えしている時にお嬢様に向けた言葉以外はお耳に入れないようにお願いいたします。先ほどのご質問ですが…食材ではございません。低俗な言葉ですので…もうお忘れください』
我ながら後半の歯切れの悪さにうんざりだが、逆にこれ以上は訊いてはいけないと思ったようだ。
黙って頷くから納得したと思い踏み出せば…俺のジャケットの袖の端を掴み、またあの煽るような上目遣い。
囚われて我を忘れてしまう前に視線を逸らし、俺はそのまま教室へ連れて行き仕えた。
幸い、藤臣さんが終業前に来てくれたお陰で、俺は直ぐに解放された。
俺はペースを乱されたくないのに、何故あの女の申し出を受けたのか?
何故こんなにあの女のことばかり考えるのだろう?
指に残る感触は吸い付くような柔肌の女の細い首。
胸がざわめく。今度は何の予感だ?

その時、携帯電話が光り受信を知らせる。
液晶には翔の一文字。
また機種依存文字の羅列を解読作業か…
溜め息混じりに解読する。
あの女に本気になると何故それが俺との勝負になる?
俺はあの女に興味はない。寧ろ縁を切りたい。
誤解は明日解けば良い。
俺も早く寝よう。
平穏な日常を夢見て。