恋人は専属執事様Ⅰ

車の中でも藤臣さんのご機嫌は直らず、気まずい雰囲気に耐え切れずに私は
「藤臣さん、どうして怒ってるんですか?」
と訊いた。
藤臣さんは私をチラッと見て、直ぐに視線を戻すと
「今朝、車の中で申し上げたことを淑乃様にご理解いただけなかったようでございますね」
とだけ言った。
「1人で散歩に出たことは本当に反省してます。でも、直ぐに鷹護さんと会って教室まで送ってもらいましたから…」
と言った私に、藤臣さんは窓の外を見たまま
「鷹護様にお教室までお姫様抱っこでもされていらしたのですか?」
と一言。
うっ…ここにも名探偵がいた。
「そんなに香りますか?」
と私は制服に顔を近付けてクンクンと嗅いでみたけど分からなかった。
「僅かですけれど、その種のムスクは男性用のものにはよく含まれておりますが、女性用には殆ど含まれておりません。そして、淑乃様の身の回りのお品には一切含まれておりません」
そう言うと、藤臣さんは更にご機嫌斜めになってしまった。
私は他の話題に変えようと、頭をフル回転させた。
必死になって考えていると、スッと藤臣さんの指が私の眉間に触れた。
絹の白い手袋越しにひんやりとした藤臣さんの温度が伝わって、私は力が抜けるのが分かった。
「そんなお顔は淑乃様にお似合いになりませんよ?」
と言って、藤臣さんがいつもの優しい笑顔になった。
安心して私も笑顔で
「はい」
と言った。
藤臣さんは少し困った顔をして
「ですから、そのようなお顔はなさらないでくださいとお願いしたのですが…他の方に絶対になさらないでください。お嬢様が特別だと思われるお一人の方にだけお見せになってください。よろしいですね?」
と念入りに言われてしまった。
そんなことを言われても…
特別だと思う1人だけなんて決められるのかな?
血の繋がりならもうお祖父さんしかいないけど、滅多に会えないし…
それなら藤臣さんが私の唯一の家族みたいだし…
色んなことを話せる友達なら、クラスも同じ同性の二階堂さんだし…
鷹護さんは一応許婚だけど、よく分からない人だし…
急に鷹護さんの言葉を思い出して恥ずかしくなって、私は左右に首を振って忘れようとした。
そんな私を、藤臣さんがずっと見ていたなんて気付かずに…