恋人は専属執事様Ⅰ

教室に入ると執事候補生が沢山いて、藤臣さんの注意を思い出した。
松本家と言う肩書きに集まる人がいる。
悲しいことだけど、そう思う人もいるのは確かだった。
次々と見知らぬ執事候補生に声を掛けられた。
『松本家のお嬢様』としてしか見られていないことが私にも分かった。
この人たちは私の肩書きしか知らない。
私の肩書きにしか興味がない。
そのことを痛感して、私は今直ぐにでも藤臣さんに会いたくなった。
藤臣さんはちゃんと私を『松本淑乃』として見てくれる。
お祖父さんからの命令で私のお世話をしてくれることがお仕事だけど、事務的じゃなく気持ちがちゃんとある。
私の好みを把握したり、私の為に苦言も言ってくれる。
そう言った人としての繋がりが、ここには全くない。
耐え切れずケータイを取り出そうとした時、私を取り囲んでいた執事候補生たちが急に取り乱し始めた。
「お前たち、そんなに一度にお声を掛けたら、お嬢様がお困りになることも判らないのか?」
よく通る声がして、一際背の高い執事候補生が他の執事候補生たちに指示を出していることに気付いた。
「鷹護さん…」
思わず口にした名前に、執事候補生たちへ指示を出すことを中断して、鷹護さんが私の前に来た。
スッと姿勢を正し一礼すると
「朝からお騒がせして申し訳ございません。わたくしの指導が行き届かず、お嬢様にご迷惑をおかけいたしましたことをお詫びいたします」
と言って、深々と頭を下げた。
「そんな…頭を上げてください」
咄嗟にそう言って鷹護さんの袖を掴んだら、頭を下げたまま私にしか聞こえない小声で
「そのようなことを使用人になさらないでいただきたいと、昨日も申し上げた筈ですがお忘れですか?」
と諫められた。
そうでした…忘れた訳じゃないけど、鷹護さんだけが悪いみたいで嫌なんだもん。
でも、そんなことを言っても聞いてくれないだろうから、私はお嬢様らしく振る舞うことにした。
「分かりました…鷹護さんには執事候補生の皆さんへの指導の徹底をお願いします。専属契約に関しましては、私の方から決まった方にお話します。これでよろしいですね?」
しどろもどろだけど、何とか最後まで言えた…