「鷹護様は淑乃様の許婚でございます」
………
今、藤臣さんが『いいなずけ』って言った?
それってあの婚約者みたいな意味の?
そりゃ少し見た目や声が素敵だなぁとか、ちょっと怖いけど真面目なところが良いなぁなんて思ったりしたけど…
いや、ないない!
ブンブンと頭を振る私を見て、藤臣さんがおかしそうに笑う。
笑い事じゃないですよ~!
むぅ…と抗議の目で藤臣さんを見上げると、藤臣さんはふと視線を外す。
「淑乃様…そのような可愛らしいお顔をなさらないでください」
片手で口元を覆っているけど、藤臣さん…笑ってません?
さっきみたいな楽しそうな笑顔じゃなくて、何か悪そうな笑顔なんですけど…
スッと藤臣さんが私の耳元に顔を寄せて、優しいバリトンボイスを甘く掠れさせて囁く。
「そんな目で見つめられたら抑えが効かなくなります…私も1人の男だと言うことをお忘れなく…」
なっ…何を突然!?
真っ赤になって俯いてたら、クスクスと笑う藤臣さんの声が聞こえて来た。
チラッと藤臣さんの顔を見たら
「淑乃様があまりにも初々しい反応をされたので、つい悪戯心を出してしまいました」
と言って、いつもの優しい笑顔で
「許婚と申し上げましたが、まだ先のことでございます。正式に交わされたものでもございません。あまりお気になさらなくてもよろしいかと存じます」
と言ってくれた。
藤臣さんが深刻そうな顔で許婚なんて言うから、真に受けたじゃないですかー!
それに…抑えが効かなくなるとか…
冗談でも恥ずかしいですから!
思い出してまた真っ赤になりながら、私は藤臣さんに涙目で抗議した。
「淑乃様…そのようなお顔はお止めくださいと申し上げた筈でございます。それとも私を誘っていらっしゃるのですか?」
藤臣さんがニッと片方だけ口角を上げて、意地悪な笑顔を浮かべる。
「藤臣さんのいじめっ子ー!」
私の叫び声に楽しそうに笑いながら、アフタヌーンティーの後片付けを済ませた藤臣さんは
「そのお顔は私の前でだけなさってください」
と言って、一礼すると部屋を出て行った。
…完全に揶揄って楽しんでる!
普通、執事が主人を揶揄う?
うー…私に主人の自覚がないからなぁ…
でも酷いよ、藤臣さんってば!
私はソファーに突っ伏すと、そのまま不貞寝してしまった。