「そんなに楽しいことがございましたか?」
聞き慣れた声にドアの方を向くと、藤臣さんが立っていた。
「淑乃様からのご連絡を待てずにお迎えに上がってしまいました」
そう言って、藤臣さんが優しく微笑んでくれた。
「ありがとうございます」
私も笑顔で応えて、藤臣さんに駆け寄った。
さり気なく藤臣さんが私の手からバッグを取り、代わりに持ってくれる。
木製の年季の入った階段ではそこは手摺りが傷んでいるからと、大理石の床のエントランスではここは滑りやすいからと、私の手を取って転ばないように気遣ってくれる。
やっぱり藤臣さんって細かいところまで気配りが行き届いていて、安心出来るなぁ…
私はお屋敷に戻ってからも興奮覚めやらぬ状態で、今日の授業が難しかったことやデモンストレーションのことを藤臣さんに話した。
アフタヌーンティーを味わいながら、ふと私は鷹護さんのことを思い出して藤臣さんに話した。
「デモンストレーションですごい執事候補生の人がいたんです。藤臣さんと同じ味のミルクティーを淹れてくれたから、私すごく驚きました…」
ずっと黙って私の話を笑顔で聞いてくれていた藤臣さんの表情が変わった。
「その執事候補生の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
心なしか藤臣さんの声が硬い。
「はい、3年の鷹護さんです」
私の答えに藤臣さんは納得したように頷いて
「鷹護様でしたらわたくしの淹れるお茶の味を再現されることなど容易でございますね」
ん…鷹護『様』?
本当に私は顔に出やすいらしい。
直ぐに藤臣さんが説明してくれた。
「鷹護様はお戯れで執事候補生をなさっておいでですが、列記とした良家のご子息でいらっしゃいます」
御曹司が好き好んで執事候補生かぁ…
でも戯れって言うよりも、真面目に取り組んでいる感じだったけどなぁ?
また顔に出たらしく
「お戯れと申し上げましたのは、良家のご子息としてあるまじきことと言う意味でございます」
と藤臣さんが補足してくれた。
あら?何だかちょっと難しい表情…
「鷹護様にはもっとお立場に相応しい教育に専念していただかなくては困ります」
何でよそのお家の御曹司のことに、藤臣さんが目くじらを立てるのか分からない。
ポカンとしてる私に、藤臣さんは一瞬躊躇った表情をしてからゆっくりと言った。