恋人は専属執事様Ⅰ

「あ…ミルクでお願いします。えっと…」
私の言いたいことが分かったのか、その執事候補生はポットをワゴンに置くと、スッと背筋を伸ばし
「申し遅れました。わたくしは2年の宝井(ほうじょう)と申します」
と言って一礼した。
それから宝井さんは私の前にカップを置いて
「お待たせいたしました。ごゆっくりとお召し上がりください」
と言った。
「いただきます」
私はそう言うとカップを手に取り、先ずは紅茶の香りを楽しんでから一口飲んだ。
お砂糖とは違う優しい甘さと何種類ものお花の香りが優しく口の中に広がる。
「美味しい…」
私は空になったカップを置いて
「ご馳走さまです」
と言うと、宝井さんは
「お嬢様のお口に合ったようで何よりでございます」
と言って、右手を胸に当て恭しくお辞儀をした。
宝井さんって言動は丁寧なんだけど、なんて言えばいいのかな?
さっきの舌打ちといい、今も頭を下げながら片側だけ口角を上げて悪い笑顔だったし…
そんなことを考えていたら
「それでは失礼いたします」
と言って、宝井さんは去って行った。
「あら意外と呆気ないですわね。もっと売り込むかと思いましたのに…最初のインパクトで十分と言うことかしら?」
私の隣りで一部始終を見ていた二階堂さんがそう言った。
すっかり傍観者を決め込んで、他人事として楽しんでいる二階堂さんにちょっとムッとしていたら
「お嬢様、退屈ではございませんか?折角の可愛らしいお顔にそのような表情はお似合いになりませんよ」
突然のクサい台詞にポカンと顔を上げると、格好良い男の人が人懐こい笑顔で立っていた。
「3年の河野(こうの)と申します。わたくしでしたらお嬢様にいつも笑顔でいらしていただけるようにいたしますが如何でしょうか?」
そう言って河野さんは、私の前に小さいけどピンクで纏めた可愛らしいフラワーアレンジを置いた。
「わ、可愛い…」
つい思ったことが漏れてしまった。
でも、私は一目でこのアレンジを気に入ってしまった。
「お嬢様をイメージして作らせたのですが、やはりお嬢様の前では花も彩りが褪せてしまいますね」
またクサい台詞を吐く河野さんだけど、格好良いから何だか似合っている。
何よりもこの人懐こい笑顔が、初めて会ったのに何だか安心してしまう。