恋人は専属執事様Ⅰ

「淑乃様、そのようなことはお止めください!」
珍しく藤臣さんが声を荒げる。
藤臣さんが私の横に跪いて、私を見上げる状態になった。
藤臣さんは背が高いから、このアングルはとても新鮮だけど、今はそれどころじゃない。
「藤臣さんこそそんなことしないでください。それに服も汚れちゃいます」
立ってもらおうと藤臣さんの腕を引っ張ったけど、非力な私の腕力では藤臣さんの体はビクともしない。
「いえ、わたくしが悪いのです。淑乃様に不要なご心配をおかけしたばかりか、淑乃様がご自身を責められるようなことになり、誠に申し訳ございません」
頑として立ち上がってくれない藤臣さんに、私は最終手段を使うことにした。
「藤臣さん、今直ぐ立ち上がってください。主人としての命令です」
私の言葉に藤臣さんが一瞬ポカンとした表情をして、直ぐに顔を綻ばせると
「淑乃様には適いませんね」
と言って立ち上がってくれた。
「ご自身が見に来れば良い。切ったら可哀相。植物にまでお優しいお方がわたくしの主人なのだと存じましたら、とても誇らしい気持ちになりました。仕事を忘れたのはこれが初めてでございます。わたくしは精進が足りませんね」
そう言うと藤臣さんは私の顔を見て弱々しく笑い、言葉を続けた。
「初めて淑乃様にお仕えした時は、聡様の面影を重ねておりました」
藤臣さんの言葉にズキンと胸が痛んだ。
「ですが、いつからか淑乃様こそがわたくしの主人になっておりました。慣れない環境、厳しいマナーレッスン。どんなことにもご不満を仰らずにいらっしゃるお姿に、せめてティータイムだけでもお寛ぎいただきたく存じました。淑乃様のお好きなものをご用意させていただいておりましたが…」
そこまで話すと、藤臣さんは口籠もってしまった。
話したくないのかな?
そんなことを考えていたら、藤臣さんがジッと私を見据えて、覚悟を決めたようにまた口を開いた。
「あの晩、淑乃様がお泣きになられた時に、漸く淑乃様に認めていただけたと…不謹慎にもわたくしは嬉しく存じました」
藤臣さんが私を見ているのが分かったけど、私は真っ赤な顔を見られたくなくて、俯いて膝に掛けたナプキンを眺めた。
恥ずかしい~!
「やはりお顔が赤くなってしまわれましたね」
藤臣さん、だから口籠もったのね…
でも話したのね。