「…お嬢様、お嬢様」

誰かの声が遠くの方で聴こえる。
まだ眠いから、私の睡眠を邪魔しないように、他でやってくれないかなぁ…
そんなことを考えながら、私は掛け布団を頭から被り、再び眠りに就こうとした。

「淑乃お嬢様、お目覚めの時間でございます」

さっきと同じ優しい声が、今度ははっきりと聴こえた。
私の名前を呼んだから……

私の名前は松本淑乃(まつもとよしの)。
この春から高校生になる15歳。
同い年の女の子より、背が低いことがコンプレックスな、ごく普通の女の子。
勉強だって特別出来る訳でもなく、これと言った特技もなく、見た目も平凡。
一人っ子だからかパパもママも優しくて、親子3人で仲良く暮らして来た。

ここまで考えて私はハッとした。
パパとママは交通事故で死んじゃったんだ。
そして、お通夜に現れたパパのお父さんって人に、私は引き取られたんだった。
パパのお父さんが生きているなんて初耳だったけど、パパはいいところの御曹司だったみたい。
お家を継ぐのが嫌で、身寄りのないメイドだったママと駆け落ちしたそうだ。
道理で一度もパパとママの実家に行ったことがない訳だよね。

そんなことを考えていたら、私が目を覚ましたと分かったのか、またあの声が聴こえた。
「おはようございます、淑乃お嬢様」
掛け布団から頭を出すと、ベッドの傍に燕尾服に身を包み隙のない姿勢で立っている男の人が目に入った。

この人は藤臣貴夜(ふじおみたかや)さん。
私を引き取ってくれたパパのお父さんが、私の身の回りのお世話役につけてくれた執事さんだ。

藤臣さんは私と目が合うと微笑んで、高そうなシルクのガウンを手渡してくれた。
「本日のアーリーモーニングはオートミール・ポリッジとフルーツヨーグルトとFortnum&Masonのロイヤルブレンドのミルクティーでございます」
藤臣さんは私がガウンを羽織っている間に、銀色のワゴンに載せられた朝食を運んでくれた。
優雅な仕草でベッドに備えられたテーブルへ、朝食が並べられた。
フルーツヨーグルト以外サッパリだったけど、見れば雑穀のお粥にラズベリージャムが彩りとして乗ってるものだった。
ミルクティーもすごく良い香り。
お粥にジャムって…と思ったけど、意外にも美味しくて私は綺麗に平らげてしまった。