「…遅かったか…」

気を失った少女の身体を支えながら呟く青年が、ひとり。

誰もいなかった筈の空間に現れた、彼。

床に届く程の長く黒いマントに包まれた肌は白く、灰色の髪は光の加減によっては銀にも見える。

そして透き通る、灰色の宝玉のようなその双眸。

その二粒の至高の宝玉が、目の前の光景に痛ましげに歪む。

床に広がる夥しい程の血。

その身は無惨に引き裂かれて。

既に絶命しているのが分かるその姿に、美しかった彼の面影などどこにもない。

青年は無言で少女の身を片手に抱え、闇夜に馴染む黒いマントを音もなく翻す。

月が、たなびく雲間にその白々しい姿を隠されて。

月明かりに照らされていたその姿が、同化するように闇夜に溶ける。


「オルフェルト…何故俺を呼ばなかった…」

苦痛とも取れる美声に返る声は、ない。

あるのは既に息絶えた、肉塊のみ。


雲間に隠れた月が再び覗く頃には少女の姿も、灰色の青年の姿も、全てなかったもののように、忽然と消えていた。