翌日。
 寿達は“絵”を完成させただろうか。
 
 初老の俳優、田岡寿男(たおか としお)を乗せた車は、彼の住むT県から東京の撮影所へと彼を輸送する。それは寿の言うように、あたかも赤血球のようなものだ。一連の業務として運搬を担い、それ以外の感動は必要としない。
 
 田岡がマネージャーと今日のスケジュールについて話をしているとき、あの陸橋を越えた。
 けれど言うように、赤血球達に感動は必要ない。
 こうして昼夜も引っ切り無しに寿達のキャンパスの上を通るが、一度赤血球になった人間にとって、その橋げたに、ニコリ笑ったミッキーマウスが描かれようが、鬱屈した顔のナガスクジラが描かれようが、気付く脳回路は無い。
 たぶんその陸橋が、ある日突然、お菓子で出来ているモノだったり、マグネシウムで出来ているモノに変わっても、気付かないんじゃないかと思う。

 かくいうわけで、寿達の落書きはまだ誰のギャラリーも持たない。
 罪が問われないのは幸運だが、誰にも見られないのも不幸だった。