「マストをたため!! グズグズするな!!」

 「アイッサー」


 掛け声と共に白い帆があっという間に降ろされていく。


 「ニコラス様、お部屋へ」

 「何かあるのか?」

 「嵐です」


 嵐?

 真上の空は、雲一つない晴れ渡った空。

 たしかに前方に小さな雲の固まりが見えるが、嵐どころか、雨が降るようにも思えない。

 俺は、水平たちが用心深さの為だけに言っているものと思っていた。


  ―― 数分後


 水平たちは、バタバタと甲板を走り回り、俺の真横を行ったりとしている。

 さすがに、この緊迫した様子にただならぬ物を感じた俺は、水平たちの言うように部屋へ戻る事に決めた。

 が、遅かった。

 地下室へ向かう扉を開けかけた。


   ゴォ~~


 なんとも不気味な音が耳に響き、強い風が吹きつけられバランスが保てなくなった。

 水平たちは、船を維持させようと必死に舵を取ったりしている為、俺の事には気が付かない。

 地下から梯子の途中にシモンの姿だけが今、俺の唯一の道標だった。


 「ニコラス様、早く中へ。私もこれ以上そちらへ行く事が出来ません」

 「あぁ。わかっいるさ」

 
 1秒でも早くシモンの所へ行きたいのは山々なのだが――


 「シモン、身体が動かないのだ。俺は大丈夫。早く扉を閉めるんだ」

 「しかし―――」

 「俺を誰だと思っておる?」

 「………」

 「案ずるな」

 「ニコラス様、どうかご無事で」


 彼のこの言葉が俺の記憶の最後となった。


         - 3 -