肖像権の侵害云々まで考えてしまっている自分がいる。…いや、それはどうでもいいことかもしれない。
問題は彼女がこの一幕をケータイ小説化してしまった、ということだ。
ここ近郊で歩くMI6だの全校生徒データファイルだの言われているのは私しかいない。
と、いうことは、である。
「この小説…かなり個人の特定ができちゃうんじゃ…」
しかも図書館に置いてあるってことは、この街に住む人たちが読むってことで。
私がとった行動とった言動―――当然そこには創作も入ってくるのだろうが―――すべてがここに集結してしまっているということである。
幸い今までにこの小説について語られたことはない。
…安心なのか?
考えてみればこの世に出版されるケータイ小説なんて山ほどある訳で。
その中には当然埋もれゆく作品もあるのだろう。
この作品がそうであることを祈る。のみだ。