紗代子さんは不意に腕時計を見て、“もうこんな時間”と呟きました。


「マコちゃんだっけ?お願いがあるんだけどいいかな?」

「なんでしょう?」

「キヨに、医者になれって言って欲しいの。」


私は唖然としてしまいました。

サボはお父様を憎んでいる訳で、勿論お医者様になるつもりなど毛頭無いはずです。


「サボはお医者様になりたいのですか?」

「たぶんね。あの子、馬鹿だから。絶対に口に出さないのよ。
けど誰よりも尊い命を救いたいって思ってるはず。
だから気付かせてあげて。医者になりたいんでしょう?って。
そうじゃないとあの子、一生後悔することになるから。」


そう言うと紗代子さんは立ち上がり、またサングラスをかけました。


「じゃあお願いね。あ、そうだ。」


紗代子さんはポケットを探り、紙切れを四枚差し出しました。


「私、バンドやってるの。最近じゃ結構有名になったんだけど聞いたこと無い?」


私は紙を受け取り、それがチケットであることに気付きました。
書かれている内容を見ていれば、何度か耳にしたことのあるバンドの名前。


「えっ!?まさかヴォーカルのラディさんって・・・。」

「そうよ。あたしはChocolatのヴォーカル。姉弟揃って親不孝者って訳。
よかったらキヨと一緒にライブでも来てね。じゃあ。」


そう言って紗代子さんは行ってしまいました。


Chocolatと言えば今をときめくロックバンド。
そのヴォーカルの声と荒々しいロックの音色で、男女問わず人気のバンドなのです。

ヴォーカルのラディはその容姿、カリスマ性、ファッションで若い女性の指示を圧倒的に集めている女性の一人。
ファッション誌や音楽誌、街頭の大型ポスターに貼り出されることもしばしば。

しかしテレビをはじめメディアには頻繁に姿を現すことは無いバンドでした。


けれどその人気ゆえ、クラシックしか聴かない私でも耳にした事のあるバンドなのです。


まさかあの方がサボのお姉さまなどとは思いもしませんでした。


あまりにも美しく綺麗な方だったので、今でも胸がドキドキしています。
芸能人の方があれほどまでに一般人と違うとは思いませんでした。