「梨海ちゃん、ちょっと」

 普段の母もにこやかなほうだか、今日は、いつも以上に柔らかいオーラを身に纏っている。

 はい、と短く返事をしたあたしは、静かに母の自室へと足を踏み入れた。

「婚約のお話なんだけどね?」

 畳に正座したあたしの目の前には、晴れ渡る冬空を思わせるような空色の着物を着る母。

 そういえば、あたしの誕生日――1月25日に結納だったっけ、と頭の片隅で思い出す。

「お相手のご両親とも話し合ってね、ちょうど日が良いからってことで」

 にこっと微笑む母はなんとも嬉しそう。

「梨海ちゃんの誕生日に籍を入れることになったのよ」

 ………え?

「お、お母様?! そんな、早めなくてもいいのではないでしょうか?」

「そう? だって、16の誕生日に結婚、だなんて漫画かドラマでしかないお話だと思うけど」

 それでね? と、お見合い(ただ顔を合わせるだけなのよ)と結納もそれぞれ、1週間早まったから、と。

 自分のことのように、頬を上気させ話す母を止めることは、出来なかった。


 そう。1週間早まっただけ。

 ただ、それだけのことなのに、あたしの胸は縄で縛られたかのように締め付けられ、痛い。

 すべてが1週間早まったっていうことは、耕太に恋出来る期間が、あのBELLへ行く期間が1週間も減ったっていうこと。

『今週から忙しくなると思うから、そのつもりでいてね?』

 母が最後に言った言葉は、きっと、外に出る余裕なんてないわよ、と言ってるようなもの。

 ―――明日。

 あたしは、BELLを辞めなければならない。

 そして、耕太に想いを伝える最初で最後の日―――